(1) ディスレクシアの発症率

ディスレクシアの発症率は、日本では4~5%、英語圏では10~15%と言われています。この数値は、文献によって多少の違いはありますが、少なくとも日本と英語圏での発症率が同じと言う文献は皆無と言ってよいです。では、日本と英語圏で、なぜ発症率に違いがあるのでしょうか?それには理由があります。

(2) 英語はディスレクシアが表面化しやすい言語

 私たちが、普段の会話で用いている言語は、音の最小単位である音素から成り立っています。この言語の中で使われている音素の数そのものが、日本語と英語では大きく違います。数を先に述べると、日本語の音素は24個、英語の音素は44個と、およそ倍近く違います。下の表は、音素の数を表したものです。

 

日本語の音素一覧(5母音+16子音+3特殊音素=24音素)

/a/, /i/, /u/, /e/, /o/; /j/, /w/; /k/, /s/, /c/, /t/, /n/, /h/, /m/, /r/, /g/, /ŋ/, /z/, /d/, /b/, /p/; /N/, /T/, /R/

英語の音素一覧(20母音+24子音=44音素)

/iː/, /ɪ/, /e/, /æ/, /ʌ/, /ɑː/, /ɒ/, /ɔː/, /ʊ/, /uː/, /ɜː/, /ə/, /eɪ/, /aɪ/, /ɔɪ/, /əʊ/, /aʊ, ɑʊ/, /ɪə/, /eə/, /ʊə/; /p/, /b/, /t/, /d/, /k/, /g/, /ʧ/, /ʤ/, /f/, /v/, /θ/, /ð/, /s/, /z/, /ʃ/, /ʒ/, /h/, /m/, /n/, /ŋ/, /l/, /r/, /w/, /j/

そして、この音素を組み合わせ、発話の最小単位にしたものが音節になります。日本語の音節は、基本的に母音、もしくは子音と母音を組み合わせれば、音節として成立します。「きゃ」や「しょ」であれば、・/kya//sya/になりますが、母音と子音を合わせて、4つ以上になることはありません。音節の長さも「固定長」といって、同じ長さです。

 ところが、英語は違います。音節の中に母音があるのは、日本語と同じですが、母音の前に複数の子音が存在するものや、母音の後に子音がくるものなど、組み合わせの種類が多岐に渡り、その種類が実に12個になります。音節の長さも「可変長」といって、一つ一つの音の長さも変わります。

英語の音節の種類

難しい音節になると、組み合わせ可能な子音などは限られてきますが、日本語の音節よりもはるかに複雑なのが、お分かりいただけるかと思います。例えば、上記のtextは、日本語で言い換えると、「テキスト」なので、1文字1音節で考えると、4音節になりますが、英語だと、これ自体で1音節なのです。

 私たちは、発話を聞いて理解する際、無意識で、音素→音節の順番に聞き取って、それを意味と繋げているのです。日本人英語学習者は、リスニング(に限った話ではありませんが)が苦手という話をよく聞くのは、ある意味当然で、英語を耳で理解するためには、私たち日本人が使っている倍以上の音素と、複雑な音節を聞き分ける必要があるわけです。

 また、日本語のかな文字は文字と音がほぼ一致しています。例外として、「へ」が文脈によって、/he/ か /e/ の音に変わりますが、それ以外は、一文字につき一音の対応となっています。ところが、英語は同じ文字でも、単語によって音が変わります。例えば、aという文字が、makeという単語では/meik//ei/の音になりますし、askという単語では、/ask//a/という音に変わります。iという文字が、milkであれば、/milk/になりますが、islandでは、/ailand/の発音になります。蛇足ですが、islandは、sの部分を発音しませんね。このように、英語のアルファベットは、単語によって、音が変幻自在に変化し、文字と音の組み合わせの観点から見ても、非常に複雑と言ってよいです。

 これだけ複雑な音韻体系を持つ言語というのは、英語以外に実はあまりなく、音韻体系だけの観点から言えば、実はとても難易度の高い言語なのです。ディスレクシアは読み書きの障害ですが、読み書きが正しく出来るためには、頭の中で、音を正しく処理出来なくてはなりません。上記の複雑な音韻体系を正しく頭の中で処理する必要があるわけです。英語圏の人々でも10~15%の人々がディスレクシアであるというのは、およそ納得できる話だと思います。

 

 

(3) 英語のディスレクシアと、日本語のディスレクシア

では、英語を母国語とする英語圏において、ディスレクシアにどのような特徴が見られるでしょうか?

 年齢の段階によって、特徴も変わり、まず1歳、2歳の段階になっても、言葉を話さなかったり、話せなかったりする場合は、ディスレクシアである可能性が高いと言われています。また、通常であれば、小学校入学前の段階で、殆どの単語を正しく発音することが可能となりますが、ディスレクシアの児童は、単語を正しく発音できないなどの特徴が見られるそうです。例として、animalaminalと発音したり、spaghettipisgettiと発音してしまうなどのようなことが考えられます。

 更に、小学校入学後においても、以下のような困難が見られるとされています。

 

 

英語ディスレクシアの一例

  • 単語を正しく発音できない
  • 文を流暢に読めない
  • 音読を嫌がったり、避けようとする
  • bとdのような鏡文字の読み書きで混乱がおきる
    tとf、uとvのような、似ている文字で、読み書きの間違いがおきる

ではここで、日本語のディスレクシアの特徴を改めて見てみましょう。

  • ‘ね’と‘ぬ’など、似ている文字を読み間違える。
  • 促音や拗音(「こっか」の「っ」、「かいしゃ」の「ゃ」等)が読めない
  • 文が流暢に読めず、一文字ずつ区切って読んでしまう
  • 漢字の読み書きが難しい

こうして比べて見てみると、言語は全く違うにも関わらず、ディスレクシアの特徴は、かなり似ていることがわかります。

ではもし、ディスレクシアの日本人が英語を学ぶとしたら?このことを考えていかなければなりません。日本では、過去に東京YMCAなどで、学習障害の児童・生徒を対象とした英語学習の事例研究がいくつ行われました。過去の事例研究等を見てみると、以下のような特徴が見られます

 

 

ディスレクシアを持つ日本人の、英語学習の際の困難の一例

  • bとd、pとqなどの鏡文字の読み書きに混乱が生じる
  • アルファベットの習得に時間がかかる
  • アルファベットは読めるようになっても、単語になると読めない
  • 単語をローマ字のようにしか読めない
  • 少しでも読めない単語があると、先に進めない

(参考)        

学習障害_LD_ 児に対する英語指導 フォニックスを中心に 増田恵子

http://www.jrc.sophia.ac.jp/kiyou/ki22/mask.pdf

 

このように、英語を母国語とするディスレクシアの特徴と、いくつか共通点があることがわかります。私たち日本人のディスレクシアの発症率は、4~5%と述べたのは先述の通りです。しかし、それはあくまで、日本語を母国語として学習する段階での数値の話です。英語学習の観点からすると、どうなのでしょうか?

 英語を母国語とする人たちですら、10~15%がディスレクシアと言われているのです。そのような言語を私たちは第二言語として学ぶわけです。そうなると、日本人も同じように10~15%か、下手をすればそれ以上の人たちが、英語ディスレクシアである可能性が考えられるのです。

 

 

(4) ディスレクシアと英語教育を考える

 森脇(2008)は、中学校英語教師を対象に、ディスレクシアの特徴を持つ生徒がどれ程教室にいるかを調べるため、アンケート調査を行いました。その結果、全体の約60%の先生が、bdの混乱が生じる生徒や、文字と音が一致しない生徒、文を流暢に読めない生徒などが、クラスに数名はいると回答しました。また、興味深いことに、同じ調査を、比較的偏差値の高い高校と、低い高校に分けてアンケート調査を行ったところ、偏差値の高い高校では、ディスレクシアの特徴が見られる生徒は殆ど見られないと回答したのに対し、偏差値の低い学校では、ディスレクシアの特徴の見られる生徒が、クラスに3分の1、もしくはそれ以上にいると回答する例も見られました。

さらに、英語教師を対象に、ディスレクシアを知っているかどうかを調査したところ、中学校においては、全体の約55%は、知らないし聞いたこともないと答え、約33%は、聞いたことはあるがディスレクシアがどのようなものか知らないと回答しています。高等学校においても、全体の約52%がディスレクシアを知らないと回答し、約37%が聞いたことはあるが、どのようなものかは知らないと回答しています。この結果から、英語教師の間でも、ディスレクシアの概念そのものが認知されていないことがわかります。

この結果からわかったことは、ディスレクシアの生徒が在籍している可能性があるにも関わらず、英語教師はそれに気付かないまま、現場での英語の授業において、ディスレクシアの生徒を見過ごしている可能性があるということです。当然ながら、ディスレクシアを知らなければ、目の前にいるディスレクシアの生徒の困難やつまずきに気付くことは出来ません。ただ、怠けている、努力が足りないと見てしまう可能性もあるわけです。その結果、ディスレクシアの生徒は、適切な支援を受けないまま、ややもすれば、不適切な指導を受けたまま、英語を勉強することになりかねないのです。

 

 

(5) 英語とディスレクシア 今後の課題

bdの混乱や、単語をスムーズに読めないなど、英語ディスレクシアの特徴については、上記で述べましたが、この特徴が見られるから、英語ディスレクシアとは断定できません。私たち日本人は、英語を第二言語として学ぶわけですから、多かれ少なかれ英語学習につまずくわけです。学習過程で起こる困難やつまずきが、ディスレクシアなのか、あるいはそうでないのか、そのことをしっかり見極められるようになるためにも、今後英語ディスレクシアについての更なる研究が必要となるでしょう。

 日本では、これまで英語教育の中で、特別支援教育の視点があまり必要とされてこなかったように思います。しかし、先述の通り、英語という言語自体が、ディスレクシアになりやすい言語なのです。クラスに少なくても数人は、ディスレクシアである可能性も考えられるわけです。ディスレクシアの児童・生徒を初め、児童・生徒一人ひとりが少しでも英語を学びやすくなる指導をしていく為にも、今後、英語教師一人ひとりが、まずはディスレクシアのことをよく知り、特別支援の視点を持つことが必須と言ってよいでしょう。

(参考文献)

LD(学習障害)とディスレクシア(読み書き障害) 上野一彦(2006) 講談社

 

‘What is the characteristic of dyslexia among Japanese EFL learners?’

Hideki Moriwaki  Master thesis  Tokyo Gakugei University 2009

 

英語と日本語の音素の種類と数

http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~rhotta/course/2009a/hellog/2012-02-12-1.html

 

英語・発音・語彙/英語耳 日本人の弱点は「音節」

http://www.scn-net.ne.jp/~language/pronunce00.htm

 

学習障害_LD_ 児に対する英語指導 フォニックスを中心に 増田恵子

http://www.jrc.sophia.ac.jp/kiyou/ki22/mask.pdf