WISCなどの認知検査を学校や教室に持参される保護者の数が増えてきているように思います。これは社会的な傾向としては、とても望ましいことです。なぜなら、こうした認知テストを受けられる保護者の方はお子さんの困り感を受け止め、情報を提供してくださっている事に加え、指導側にとってはとても重要で役に立つ「子どもの頭の内側」に関する情報を得ることができるからです。

 

現在日本でテストが受けられる機関の数は十分ではなく、また、費用も高額であることから、保護者の心理的なハードルは高いと思われます。そうした中で受け取るこうした認知テストの価値を、学校や教員が十分に理解し指導に生かしたいものです。

 

本来は、児童や生徒が “アスペルガー” や “ADHD” といった診断があろうがなかろうが、教育をする側は「その子の困り感」や教育的ニーズに合わせた指導や支援を行う義務があります。ですので、教員にとって重要なのはその子にLDがあるかないか、あるいは、発達障害の診断を持っているかといったところではなく、「どのようにすれば目標にたどり着けるのか」という考え方であり、アプローチです。

その手助けをしてくれるのが、こうした認知テストです。

欧米では、テスト1種類でその子のすべての側面を判断するということはありませんし、また、それはできません。

 

それぞれのテストで測定している側面が違うため、複数のテスト結果から子どもの症状や状態についての仮説を裏付ける情報を得るようにしています。

どういうことかというと、例えば、数唱(耳で数字を聞き、聞いた順番に言う)が悪いからといって、その子が聴覚的記憶が悪いとは断言できません。もしかしたら、聞いている時に他に注意がそれるようなことがあったのかもしれませんし、その日体調が悪かった、寝不足だったなどの原因も考えられます。当たり前のことですが、数値から結果は単純には導き出せません。

 

 

ですが、「この子はこういうときに○○になってしまう原因に思い当たることは

あったが、よくわからなかった。このテストを見るとやはりその部分が弱いようだ。こちらのテストでも、同じ側面が弱く出ている。ということは、彼の弱さはここにあったのだな」というように利用することができます。

 

「わかっているはずなのに、できない」「単語が覚えられない」などの原因がどこにあるかのヒントが得られるのがまず1つの収穫です。

 

そして認知検査では、「弱い経路」「強い経路」がわかります。

 

これも近年わかったことですが、「聞いて理解する」「見て理解する」の力のうち、どちらかが強くてどちらかが弱いというように、アンバランスなことがあります。それは誰にでもあることなのだと思います。

 

しかしそのバランスの差が大きい場合、「聞いているだけでは理解しにくい」「見てるだけじゃわからない」のように、問題が起こってきます。

ですから、「Aくんは、指示を出すと聞いているように見えるけれど、ほとんど頭に残っていないようだし、2つ言ったら1つはすぐに忘れてしまう」とか、「聞き間違いが多い」、「ゆっくり言った方が理解しているようだ」など思い当たることがあれば、「見て理解する」ための支援をプラスアルファして、様子を見ます。そのほうが間違いが減る、理解が高まるようであれば、「見て理解する」経路を使って指導する方が、効率が良いとなります。

認知検査では、こうしたことへのヒントが示唆されています。

 

学校というのは子どもにとって楽しいだけの場所ではなく、苦手なことやしんどいことを沢山強いられる場所でもあります。

特に学習障害や発達障害のある子どもにとっては、「みんなができることができない」という悔しさを毎日のように感じる場所です。

 

そこで先生が、「強い経路を使って、苦手なことを学ぶ」方法を見つけることができれば、最高です。

 

なぜなら、子どもは「みんなと同じ方法」しか知らないからです。教員ができること、それは、「君はこのやり方がいいのではないか」という、その子に合ったオプションを見つけること、示すことだと考えています。

 

文責 村上 加代子